店主の宮原です。
本日12月10日の日田の最高気温はなんと「23.4℃」!!!
残念ながら温暖化を肌身に感じざるを得ませんね・・・
そんななか、近所では「椿」が美しく咲いていましたが、
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| 根元には美しい花が咲いていますが・・・ |
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| 上部の枯れ方がすごい・・・ |
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| 少し編集してみると、 なんとも「ホラー」に、笑 |
店主の宮原です。
先週、「マイナビ ツール・ド・九州 2023」が開催され、10月9日はここ日田をゴールとする最終ステージが行われました。
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| 落車や他の選手との接触があったのでしょうか? ケガをされています! まさに命がけのスポーツ!! |
店主の宮原です。
とある日、工房の庭に、なんと「雛:ヒナ」が落ちていました!
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| 発見したときには 何の鳥か全くわかりません |
店主の宮原です。
父の日に娘たちからプレゼントをもらいました!
やはりプレゼントされるとうれしいですね!
「ズシリ」と重く、どうやら飲料のようです。
開けてみると
これはアサヒの缶ですね・・・・・んっ、よく見ると「おや???」
SUPER "KSY" ???
なんと「スーパークサイ のんあるこおるおしっこ(発酵)」!
中央には、愛犬コショウとおぼしき犬が描かれており、ご丁寧に3つの「う〇ち」まで・・・
ぶっ飛んだラベルの反対側は、この通りれっきとしたアサヒのラベルです。
「既成の飲料にオリジナルのラベルを貼り付けてくれるオンラインサービを利用した。」とのことでしたが、リアルな「う〇ち」まで描かれたこの缶は、決してお客人には出さないようにせねば。笑
店主の宮原です。
先週、85歳の実父が他界し、昨日「初七日」の法要を済ませました。
2年前から「レビー小体型認知症」を患っておりましたが、とうとう嚥下が機能しなくなり食物を口から摂取することが出来なくなりました。
本人の希望により「胃瘻」などの延命治療は行わず、先週末に母に見守られながら眠るように自然な死を迎えました。
私は最後の瞬間には立ち会えませんでしたが、前日も含め多くの時間を父と共に過ごすことが出来ました。
コロナ禍のため、私たち家族が父を看取るにはいくつかの困難がありましたが、多くの方々のご尽力により安らかな死を迎えることが出来たことに心から感謝しています。
この数ヶ月間は当店の運営より父との時間を優先させていただきましたが、本日よりサイトの更新や在庫の補充に全力で努める所存です。
これからも何卒よろしくお願い申し上げます。
店主の宮原です。
10月20日、「阿蘇山が噴火」というニュースを聞き、かなり心配に。
思わず近所の高台へ・・・
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| 矢印が「阿蘇山」です。 |
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日田から阿蘇山までの距離は約50km |
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| 噴煙を確認 |
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| たびたび新しい噴煙が立ち上がります! |
*大変心配な事態ではあり「降灰」の農作物への影響など気になることも多いですが、本日21日のニュースでは人的被害や建物への直接被害も無く、草千里の観光施設も通常営業とのことで、このまま収まることを願ってます!
なお、約9万年前の阿蘇山の4回目の大噴火(通称 Aso-4)では、日田は阿蘇山から流れ出た「火砕流」に飲み込まれました。火砕流の温度は400℃に達したと推測されています。
そして高温高速の火砕流は日田の谷間を駆け上がり、周囲の樹木をなぎ倒し焼き尽くしながら進み、瀬戸内海を越えて山口県まで到達したとのことです。
日田の小野地区や有田地区などの川底からは、当時の状態のまま火山灰に埋もれていた「埋没林」が発見されています。焼け焦げた樹皮には多数の小石が突き刺さっており、そこから推測された火砕流の速度はなんと「秒速70m=時速250km」だそうです。(400℃で焼けた新幹線の群れが突っ込んできた・・・!!!)
以前に日田市からこの「埋没樹木」を利用した記念品の製作依頼を受けたことがありますが、その樹木を手にしたときには想像を絶する地球のパワーを実感したのを思い出します。
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| 朽ちることなく「90,0000年前」の 樹木が残っているのも凄いことです! |
店主の宮原です。
故郷の北九州のお墓を「墓じまい」することとなりました。
来月早々に「閉眼供養」をしていただき、お骨は日田の納骨堂に納めます。
市役所で手続きをしたのち、父母と最後になるであろう墓参りをしました。
今年の春には墓じまいを行うはずでしたが、新型コロナの影響に加え、父が認知症と診断されたため、とても墓じまいが出来る状態ではありませんでした。しかしながら適切な投薬により認知症状がかなり改善されてきたため、ようやく今になって行うことが可能になりました。
すでに北九州を離れて暮らす父母、
日田で生計を立てている私、
東京に嫁いだ妹・・・
このような事実を考えると、どうしてもお墓の管理が難しくなってきます。
そして父母自身もこの世を去った後のことを考えなければならない年齢です。
この私が「故郷の墓を守る」という決意がないゆえ、高齢の父母にとって「墓じまい」という大きな決断をさせてしまったことは大変申し訳なく思っていますが、これからはここ日田の地で先祖の霊を供養していきたいと思います。